要約 |
本稿は血液凝固因子が先天的に欠乏している遺伝性疾患である血友病の「補充療法」の進展を事例に、血友病患者と医師の関係性の変質を「医療化」概念から考察する。 欠乏している血液凝固因子を補充する方法は、医学知識・医療技術の発展が一九六〇年代にはじまり一九七〇年代末の非加熱濃縮製剤の登場を大きな画期とする。非加熱濃縮製剤の登場、特に「自己注射︵家庭療法︶」の認可は、患者にとっては止血効果や内出血による「痛み」から解放するものであった。医師にとっては、内出血して腫れ上がった箇所を冷やすだけの「無力さを感じる疾病」から、手術ができるようになるなど「自分の能力の範囲内の疾病」へと変容したことを意味した。一方で、非加熱濃縮製剤の原料はヒト由来の血漿であったことから、製剤の需要増大に伴い国内血漿の不足を招き、血漿の輸入に頼らざるを得なくなった結果、HIVや肝炎などの重複感染を引き起こす結果となった。 医療化概念を「感受概念」として捉えて本事例を検討すると、非加熱濃縮製剤の登場は医療化の進行が意味する専門職支配の強化というよりも、血友病患者の生/生活への医師の介入が強まるという点が照らし出される。すなわち、血友病患者の生活に介入・管理する「教育者」としての医師像が立ち現れたとみるべきではないか。このような従来の医療化論から捉えきれない点は、生物医療化概念への目配りや、「相互作用レベルでの医療化」をインタビューデータなどから検討することで医療化概念のさらなる精緻化につなげられるだろう。 |